「豊かさの精神病理」 大平 健
豊かさの精神病理

「モノ」を媒介にして雄弁になる人々が多数いる。
彼らは他人との付き合い、家族のあり方、自分自身などを「モノ化」し、そこに生じるはずの葛藤を軽減させることに必死になって生きている。

彼らに対して精神科医の著者がどう対処していったのか、その実例がいくつも書かれています。

例えば、
・自分の個性・ポリシーを、持っているモノのブランドでしか表現できない。
・持ち物が上等になれば、持ち主も上等になると思っている。
・自分の個性・ポリシーを、通っているレストラン・バーでしか表現できない。
・自分にプレゼントしてくれたモノのブランドで異性を認識している。
・プレゼントを贈りあった「から」愛し合っていると思っている。

そういう人が盛りだくさんです。

確かに彼らの人付き合いや、思考方法には問題があるかもしれない。
けれども、それは貧しくかつ人付き合いに葛藤がある状態よりは良いものではないか。
豊かになったからこそ発生したこの状態と、うまくやっていく必要があるのではないか、と著者は結論付けています。

暖かく見守っている、というスタンスですね。大人だなあ。


でも、私ははっきり書きます。
上記のような人は、やはり人としてちょっと問題があると私は思います。


私はいわゆる「ブランド」というものを全面的に否定するつもりはありません。
「気に入ったものがブランド品だった」という場合もあるでしょう。

また、ブランドと書いてますけど、商品のブランドだけに限らず、

無意味なエステとか
無意味なカルチャースクールとか
無意味な資格取得とか
無闇に高いレストランとか
無闇に高いホテルとか

なども同類です。


著者も言ってますが、彼らにとって「モノに固執する」=「自己投資」の側面があるわけです。
自分に金をかけて「本物」に触れることで自分がより良くなれると思っているのですね。おめでたいことに。
#彼らが言う「本物」って一体何なのか、私にはちっとも分からないんですけどね。


そうでない、いわゆる普通の自己投資を考えてみます。

もしかすると、たくさんの本を読むことで、自分の人生をより良いものに変えることができるかもしれません。
そう考えて、一冊の本を選んで買ったとします。

でも、一冊の本を買うことは、あくまでも必要条件でしかありません。
買っただけで読まなければ自己投資でもなんでもありません。

また、ただ読むだけでは意味が無く、読んだ上であれこれ考えなければいけないでしょう。
さらにいうと、一冊読んだだけで自分の何かが変わるのかと言えば、実際のところは何も変わらないでしょう。
だから、たくさんの本を読まなければならない。

とにかく気が遠くなるような歳月と、労力が必要とされるわけです。
そして、往々にしてありうることだけれども、それらの労力は全く報われないかもしれない。
しかも、その可能性のほうが高い。

・・・大変ですね。


でも、良いモノが自分を良くすると思っておけば、そんな苦労からは一切解放されます。
そこには葛藤も無く、気苦労も無ければ、不確定要素も無い。とってもお手軽。

しかも、
「ブランド好きも多種多様な価値観のひとつ」
「無意味かどうかは当の本人の判断で、その判断は自由」
などという逃げ道まで用意されている。

そりゃあ、やめられないわけですよ。

もちろん、そんなものが自己投資と言えるわけがありません。
ないのだけれど、それには気がつかない、気が付きたくないのでしょうね。


・・・こういう人達に覚えがあります。

ああ、結局この人達も

趣味:『自分探しと自己愛』

の一派なのかもしれない。
こういう人らね。

自分を可愛がりたくてしょうがないのかも、と考えるとちょっと分かる気がします。

まだまだ深く考える余地がありそうですが、今回はこれにて終了。
どうもうまくまとまりませんで。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
COPYRIGHT © 2004 POWERED BY FC2 ALL RIGHTS RESERVED.